2004年(平成16年)に奈良医大を卒業し、臨床研修医となりました。ちょうどこの年から現在の臨床研修医制度(スーパーローテート)が義務化されました。つまり私はスーパーローテーターの一期生となります。医師になって最初の2年間は内科や外科を含め様々な診療科で研修を積むことが義務付けられたのです。一度奈良から出たかった私は(決して奈良が嫌いなわけではありません、むしろ好きです)、当時の奈良医大小児科教授に相談に行きました、小児科が比較的充実しているおススメの臨床研修病院について。そこで提案されたのが六甲アイランド病院でした。小児救急に力を入れている病院で、色々な疾患を経験できました。乳児のCPA(院外心肺停止)も来ました。しかし今思えば、小児科以上に内科、麻酔科で学べたことは大きかったです。当時の内科、麻酔科の経験がなければ今のうなて医院は誕生しなかったでしょう。一時期は内科か麻酔科を選択することも本気で考えました。結局、最初の考えは変わらず小児科に決めましたが。

2006年(平成18年)以降、六甲アイランド病院の関連施設である神戸大学小児科に入局しました(後にたったの1年間で退局することになりますが)。小児科を勉強するにはまずは新生児だ、と思い、教授らの勧めもあり選んだのが千船病院でした。小児科部長は常に勉強を欠かさず男気溢れる先生であり、私の尊敬する医師のひとりです。千船病院での1年間ではNICU(新生児集中治療室)での新生児医療だけでなく、予防接種や乳幼児健診など、まさに小児科の基礎を教えていただきました。

このころ生活の基点が尼崎市であったこともあり、2007年(平成19年)に兵庫県立塚口病院小児科・小児集中治療科(現 兵庫県立尼崎総合医療センター)に赴任しました。ここではトータル5年間お世話になりました。てんかん診療、小児集中治療と出会えたのもこの病院でした。小児救命救急、小児集中治療に精通した医師がおり、重症患者が次々と来院してくる病院でした。「風邪しか診れない医者」には絶対になりたくなかった私にはピッタリでした。緊急脳波検査や人工呼吸を中心に重症患者の管理にハマりました。神経外来も任せてもらい、てんかん診療や重症心身障害児医療を経験できました。小児集中治療科を充実させるために、途中、中河内救命救急センターに短期出張研修に行きました。てんかん診療を深めるために、大阪市立総合医療センター小児神経内科にお世話になりました。どこも色々な医師と色々な症例に出会うことができ、私の医師としての基盤となっていきました。

2012年(平成24年)、今後てんかん診療を専門にするかとても迷いました。てんかん診療を専門的に学ぶため、鳥取大学脳神経小児科も考えました。何度か見学にも行きました。しかし、結局は私の性格でしょうか?「幅広く勉強したい」、という気持ちが勝りました。

同年、改めて新生児医療を復習するために淀川キリスト教病院小児科に赴任しました。こんな私ですが、脳波判読で相談してもらえることもあり、脳波の勉強をやってきて良かったと思えました。ここでも尊敬できる医師に出会えました。小児科医は熱く、優しく、器のデカい医師が多いのは気のせいでしょうか?

故郷の奈良県に帰る時が来ました。

2013年(平成25年)、私自身が生まれた病院、大和高田市立病院小児科に赴任しました。計5年間お世話になりました。淀川キリスト教病院の頃から芽生えた「マネジメントへの関心、良い病院にするには医学的専門知識だけではダメだ」という気持ちは、この5年間消えることはありませんでした。

自ら動き、幸い同志も得られ、小児科病棟の改革、臨床研修医教育、病院活性化に勤しみました。

半分怒りの気持ちだったかもしれませんが、少しは病院を活性化できたのではないかと自負しています。

このころの活動は、“医師間連携とビジョン・マネジメントは病院を活性化させる : 大和高田市立病院「中堅医師の会」活動報告”として学会発表し、第67回日本病院学会 優良演題に選ばれました。日本病院学会雑誌にも掲載して頂きました。

リーダーシップとマネジメントを自ら実践し終えたかな、と思った頃、また次の目標を思いつきました。それが「開業」でした。思いついたら突き進む。それからは頭の中は「開業」一色でした。2017年(平成29年)の夏のことでした。これまで内科の経験もあるし、開業したら内科も標榜しようと決めました。「幅広く勉強したい」という自分の性格に、開業はピッタリではないかと思いました。

2018年(平成30年)は内科の勉強のため、色々な病院で勤務しながら開業の準備をしました。野崎徳洲会病院救急科、北海道富良野協会病院内科、大仙病院内科・訪問診療、おがわクリニック、片山キッズクリニックなどです。ここでも尊敬できる先生方にお会いすることができました。特に野崎徳洲会病院の救急科部長先生の「患者を断らない」というスタンス、患者さんに対する紳士的な態度にはとても共感できました。

小児科はこどもの内科、内科はおとなの内科、どちらも内科、年齢の違いだけ、年齢によって考えるべき病気が異なるのは小児科も内科も同じ、小児科は発達、成長という特殊な状況下にある、内科は老いという特殊な状況にある。似ています、というか考え方は同じです。そりゃそうです。同じ内科ですから(すいません、あくまで私見です)。

2019年うなて医院を開業しました。いつまでできるかわかりませんが、精一杯やっていこうと思っています。

家族に医療関係者がいるわけではありません。幼少時期から受験戦争を経験したわけではありません。
進学校で勉強したわけではありません。多様性に乏しいといわれる医者の世界で一味違う観点から医療を提供できれば本望です。